骨折日記(大腿骨頸部骨折)
2014年5月3日、セーブオン深谷石塚店に集合した7台は、新上武大橋を渡
ってもう1台と合流し、3km程利根川を下ってから太田市の
北部運動公園近くの芝桜を目指して蛇川に沿って北上した。
踏切を渡る為にサイクリングロードをそれ、藤阿久町の公園で一休みして、また川沿いのサイクリングロードに戻る。
こちら をクリックすると動画が見れます。
対向の親子連れの自転車とすれ違った後、道路の高架下を潜り抜けると、水たまりで減速した先行車に追突しそうになる。
左に避けながら減速した為、苔でヌメッた水溜りに前輪を持って行かれ、ビンディングペダルで固定された足は出ないまま右側に転倒、「痛ってぇー」となった。
自転車を支えに起き上がるが、仲間が自転車を運んでくれると立っているのがやっとで、
他の人に支えられて道路脇で休んだが、立っていると右のお尻のほうでガクッと関節が戻る様な感触があったので、脱臼したのかも知れないと思った。
ダメージが大きくこれ以上サイクリングを続ける事は出来そうもないのでリタイアし、心配する仲間を後に、壊れた右足はペダルに置いただけで左足一本で自転車をこいで帰路につく。
蛇川を下って行くと途中で道に迷うが、遠くに見える橋を目指して不整地を走り県道276号線に出てやっと刀水橋まで戻って来た。
自転車専用の橋を渡って県道341号線を妻沼方面に折れる。
交差点で歩道に止まったトラックが邪魔になって、信号待ちで止まってしまい左足のビンディングが外れずに立ちゴケする。
力を振り絞って立ち上がり、帰路を急ぐが国道17号バイパスをくぐり、八木橋の手前まで来ると、意識が危うくなり、脱水症状になってはいけないと、歩道奥の自動販売機で止まって水分補給したが、右足が動かせず身動きが取れない。
何とか自転車を引き寄せて這い上がり、あと少しと励ましてこぎ始める。
八木橋の所の信号で国道17号線を渡り、高崎線の踏切を越え、荒川に差し掛かると、片足の身には緩いスロープが心臓破りの坂となった。
やっとの思いで橋を渡り、自宅前の自動販売機までたどり着いたがもう虫の息だった。
自販機の前の縁石に座り込んで水分を取りながら休んでいると、兄弟であろう2人の少年が心配して、「これサッカーのだよね、大丈夫ですか?」と膝のプロテクターを見て声をかけてくれた。簡単には立ち上がれないが、「家はあそこだから何とかなるよ。」と自宅を指さして答えたらどこかに行った。
変な体勢で座ったから、立つに立てず、自転車を引きずり寄せて、這い上がった。
普段は押していって階段を担いで上がるが、今回ばかりは押していく事が出来ないので、エレベーターで上がって玄関前まで乗り付ける。
自転車は吹き抜けの手すりに立てかけたまま、玄関のドアを開けて中に入るが、寝床までは行けずに玄関を入った所で倒れ込んで動けない。
とりあえず意識はあるので、無事辿り着いた事をメールした。
3時過ぎサイクリングから帰ってきた深谷の地区部長が心配して電話してきて、病院へ連れて行ってもらうことになったが、119番で確認してみると、祭日なので、熊谷市では、レントゲンが撮れる病院は営業しておらず、深谷市の深谷赤十字病院と佐々木病院なら診てもらえそうとの事だったので、近いし大きいので深谷赤十字病院へ行くことにする。
迎えに来るついでに買って来てもらった一本杖を突いて救急外来の受付に行くが、両手で杖に全体重を乗せる様にしないと前に進むことが出来ず、立っていられないので、受付のソファーに座って、カウンター越しにやり取りする。
基本的には事前に電話しないとダメらしいが、そこは救急なので何とか診てもらえる事になり、中国系と思われる若い女医さんの問診の後、右太腿の腫れがひどいので、レントゲンとCTを撮ってもらうが、台に上がる時など体の自由が利かず、看護師さんに手伝ってもらわなければならないのがどうにも情けない。
しまいには車椅子での移動となったが、これが楽で病み付きになりそう。
CTの診断で、重要な血管等に問題は無さそうなだけど、壊れた筋肉から毒素が出るので水をたくさん飲んで排出する様に言われ、診察室を出て会計の為に受付で待っていると、もう一度診察室に来てくれと言われる。
レントゲンの結果から骨折の疑いがあるので、手術の為に、すぐに2週間の入院の必要があると言う。 このまま2週間というと忙しい時期に会社を休まなくてはいけない。
自分では20kmも自転車をこいで帰って来たし、レントゲンを見てもヒビが入ってる程度にしか見えないし、脱臼で靭帯が痛んでいるんだったら、時間が経てば楽になるんじゃないかと思って他に方法がないか相談すると、整形外科の医師に電話で確認して、松葉杖を使って左足を下につけない様にして安静にしていて下さいと言われ、3,800円で松葉杖を買い、家の近くの整形外科医院に掛かる為の紹介状に加えレントゲンとCTのデータの入ったCDを貰い、預り金として11,000円を預けて病院を後にし、帰りに行きつけの洋食屋のラカンシェルで夕食を済ませる。
家まで送ってもらい、寝床に入るが、膝をついて一旦うつ伏せになり、膝にクッションを挟んで左側を下に体を捻って仰向けになるともう寝返りは打てない。
トイレに立つのが一苦労で、また膝にクッションを挟んで、左側を下に体を捻ってうつ伏せになる、この時の角度とタイミングで右足の付け根の外側に激痛が走り、中断せざるをえない時もある、何とかうつ伏せになれたら膝間づくが、右膝を立てる事ができないので、松葉杖を逆さまにして脇に当たる部分を下につき、腕の力と左足だけで、一気に立ち上がる。
毒素を排出する為に水分を沢山とる様に言われ、トイレに立つ度に水を飲むのでトイレが近く、一晩中これを繰り返し、痛みもあってほとんど眠る事ができない。
長い一日が明けた5月4日、祝日の為自宅の最寄りの整形外科医院は休業なので受診は出来ず、ひたすら安静に務める。
有り合わせの食事とトイレに行く以外は何も出来ない。
唯一、深谷の地区部長に迎えに来てもらいラカンシェルで夕食。
5月5日家からは1歩も出ず、安静あるのみ。
5月6日GW最終日、地獄の生活にもやや慣れ、噂を聞きつけて見舞いに来てくれた大里の地区部長に買って来てもらった高い座面の椅子のおかげで、流しに溜まっていた洗い物をやっとの思いで片づけた。
支部長も見舞いに来てくれ、奥さんが通院しているのが、会社の近くにある坪山整形外科だと言われ、ここなら会社の帰りに通院もし易いのでこちらにする事にした。
明日からの出勤に備えて深谷の地区部長に車椅子を買って来てもらう。
2万8千円はヤフオクで調べたのに比べると予想外に高かったが、アルミ製の軽量タイプで耐荷重100kgだし、すぐに使えるので背に腹は代えられない。
悪夢のGWが終わり5月7日、早起きして車椅子で駐車場まで行き、車で会社に行く。
通常のバイクの時より、余裕を見て1時間早めに出たので一番乗りで外来駐車場に止めた。
上司に許可をもらって有給休暇とし、会社の近くの坪山整形外科を受診すると、紹介状とデータを見ただけで、カーテン越しに「そっちに座って」と言った医師は、顔を見るより先に、「こりゃ手術しなきゃダメだよ」と言った。
眼鏡をかけた眉の太い経験豊富そうな年配の男の医師がそう言うならダメなんだろうと観念したが、自宅の近くの大きな病院で手術するようにと、熊谷総合病院に紹介状を書いてくれた。
一旦家に戻って有り金全部持って、熊谷総合病院には10時30分頃着いたが、近くの駐車場は満車で、一番遠くの第4駐車場に入れるしかなかった。
正面玄関までは300メートル近くあり、更に正面玄関から新館の総合受付まで、70メートルはあった。全体重を右足だけで支えた松葉杖の歩行では疲労困憊で、車椅子で来なかった事を後悔した。
受付を済ませて待合室で診察を待つ。
隣に座っていた年配の男の人は朝1番に来て2か所受診したらこんな時間になってしまったと嘆いていた。受診できたのは2時を回った頃。
診察室に入る時、ドアが邪魔になってよろけると、眼鏡をかけ顎のとがった無精ひげの神経質そうな40歳前後の医師に「足を着いちゃダメだ!」と怒られ、「何で日赤(深谷赤十字病院)を蹴ってここへ来たんですか?」と聞かれた。
会社を休みたくないし、最初の診断を聞いて自分ではあまり大した事ないんじゃないかと思った等の言い訳をしたが、
このままで治る可能性はほとんどなく、骨折部分が壊死すれば人口関節にしなければならなくなると説明を受けて、早めに手術をしてボルトで固定した方が良いと言われ、手術をお願いしますと言うと、
「この病院は、うつ病に対処する精神科が無いが、日赤にはあるから、そちらで手術する事を勧める。」と言われたので「うつ病と言っても大した事ないんですよ、」と口答えしたら、「それはあなたの見解でしょ、日赤で拒否されたらこっちにに来ればやってあげます。」と紹介状を書いてもらうことになった。
それから駐車場までの長い道のりを休み休み松葉杖で歩き、車を出そうとするとフロントスポイラーの下が車止めの低いバリケードに引っかかった様だが、疲れているし足が不自由なので降りて確かめるのは諦め、駐車料金を払って第4駐車場を後にし、深谷赤十字病院へ向かった。
深谷赤十字病院に着いて、立体駐車場に入れようとしたが、ルーフBOXが邪
魔になって入る事が出来ず、見回すと自転車置き場の所に平場の身体障害医者用駐車場があったので、もう一周してそこに止める。
近くに置いてあった備え付けの車椅子を利用し、会計へ行って、返却開始日より1日早いが救急外来の時の預り金を返して貰えないか領収書を提出すると、不足しているとの事で、2千500円徴収された。
受診の受付は午前中のみとの事で、本日の行動は終了。
ラカンシェルで夕食にしようと車に乗り込んで駐車場を出ようとしたら、前の方でまた、ガリガリッと、今度はさっきほど疲れてないので降りて覗いてみると、車止めのコンクリート片にフロントスポラーの下側のプラスチックが引っかかって捲れていたが、松葉杖で叩いて押し込んで発車。
翌5月8日、朝1番を目指して駐車場まで車椅子を転がしていると、二階の物干しにいた駐車場の隣の家の奥さんから声をかけられ、自転車でコケて股関節の骨が折れたと説明、
車に乗る時は、駐車場主の奥さんからもお声掛け頂き、車椅子を車に載せるのを手伝ってもらった。
深谷赤十字病院に着いたのは9時を回って既に受付は始まっていたが、身体障害者用駐車場に車を置いたら、自分の車椅子で松葉杖を載せて受付へ行く。
車椅子はロビーの隅に置き、建屋内は松葉杖で移動、紹介状を提出する為、外来受付を済ませたら、データはこちらにあるからとCDは返され、整形外科の受付へ移動。
しばらく待って診察室に入ると顎髭の30代半ばの若く見えるが中堅といった感じの男の医師に「どうですか?」って聞かれたのかな、「やっぱダメですね。」と答えた様な気がする。
会社を休んで入院するのは止むを得ないという事で3日に撮ったレントゲンを見ながら「この状態のままならボルトで固定すれば良かったのですが、これより隙間が広がっていると人口関節にしなければならない、手術は13日にします。」との説明を受け、入院の為の検査とレントゲンを撮ってから戻って来る様に言われ、貸してもらった病院の車椅子で探索に出る。
エレベータで2階に上がり血液検査と心電図の検査の後、1階のレントゲン室で気さくな技師に話しかけながら撮ってもらい、整形外科の待合室に戻ると、隣の処置室に招き入れられてストレッチャーに載せられ、「今から、車椅子も松葉杖も禁止です。もう動かないで下さい。」と、そのまま入院する事に・・・。車の中に最低限の着替えは持って来てあったが、一旦帰って入院の準備をしてからと思っていたので、想定外であった。
ストレッチャーに寝ていると、隣の部屋で、医師が手術の打ち合わせをしている話し声が漏れていたが、少ししてやって来ると、「年齢がもっと高いと人口関節しかないですが、人口関節も劣化するので、今付けても死ぬまでに交換する必要があり、まだ若いので骨が元通りに治癒する可能性も高いし、レントゲンの結果が前回と比べてさほど悪くないので、骨折部分をボルト2本で固定する手術を明日やります。」との事で身内の付添の必要がない下半身麻酔での手術の関係書類に記入して、入院病棟へ運ばれた。
体の方は特に来る前と何も変わらないが、パラマウントベッドの頭の持ち上げ角度は60度に制限され、起き上がるのはダメ、手術前だから体の洗浄の為ストレッチャーに乗り換えてシャワー室で、横になったまま担当になった可愛い話し方の看護師さんに洗ってもらう。小便も尿瓶で寝たまま一晩明かした。
深谷の地区部長に頼んで、車から着替えを持って来て、車椅子を車に入れて、車を家の駐車場まで持って帰って貰う、自転車で来たのは流石・・・
手術は5月9日15時から、パラマウントベットのままオペ室まで運ばれ、オペ用のストレッチャーに乗せ換えられて、手術着に着替える。
愛想の良いアンパンマンに似た看護師さんにあやされながら、やさしそうな麻酔医が背骨に下半身麻酔をし、手術代にセットされる。
天井の丸いライトはそれっぽいが、天井や壁等は今一神々しさに欠ける気がしないでもない。
麻酔が効いてくると足が痺れて宙に浮いている感じがする、目に入る固定された足と、痺れて宙に浮いている足が別物の様な異様な感じ、右手は動かさない様に体の前で拘束され、目隠しのシートの向こう側、右の腰あたりでガチャガチャと作業しているが、だんだん呼吸が苦しくなって脳が酸素を要求している、深呼吸してもなかなか回復せずこのまま酸欠で死んでしまうんじゃないかと思っていると、麻酔医の方から、胸の筋肉に麻酔が効いて、大きく息を吸うと吐き出せなくなるからなるべく小さく息をする様に言われ、虫の息でしのいでいるとだんだん意識が落ち着いて来た。
ひとしきり作業してから、「では、今から手術を行います」と、開始の挨拶をし、ドリルでの穴あけを始めた。今までのは肉を開いて骨を露出させる準備だった様だ。
医師が穴の開け具合等を確認する為のエコーと呼ばれていたモニターを覗くとドリルが骨の中に入っていくのが見えるが、骨が硬くてなかなかドリルが入っていかないとか、ドリルが理想的な方向に入っていかないとか、色々と苦戦していたが、部品の製造元の技術者であろう人にセットの状態を確認しながら、予定よりかなり手間取った様だが、医師も納得の出来栄えで手術は完了した。
手術が終わって、何かクラシック風のBGMが流れていたいたのに気づき、看護師さんに、「この音楽は先生の好みの曲なの?」と尋ねたら、「患者さんが落ち着く様にですよ」との事。
何度か完成のレントゲン写真を取り直した後、拘束を解かれて手術室を出る前に、医師が来て、「付き添いの人がいれば、ここで報告するんだけど、居ないんですよね。」とちょっと物足りなさそうだった。
手術着のままパラマウントベットに載せ替えられて病棟に運び戻された。
下半身は麻酔が効いたままなので、久しぶりに痛みの無い安らかな時間であったが、
麻酔が切れてくるとだんだん痛みが出てきた。
1~2日ぐらいはそのままだったか?手術の時のドレン(尿道に入れたパイプ)を外してもらうと、手術着からパジャマに着替え、車椅子でトイレに行く許可が出た。
5月10日、部屋がナースステションに近い401号室から、トイレに近い403号室に移動された。
深谷の地区部長に車椅子と電動髭剃り、イヤホンを持って来てもらう。
5月11日、車椅子の調整の為、大里の地区部長にモンキースパナを持って来てもらう。強面の副ブロック長も一緒に来てくれた。
5月12日、4階から1階にエレベーターで降りて約150m、1回目のリハビリ
は車椅子で行ったが、主治医より右足に全荷重掛けて良いとの指示が出ていたので、リハビリの方もかなり厳しく、手術後の傷も癒えてない右足には、相当な無理を要求され、翌日は歩行器での歩行、1週間後には松葉杖の使用が始まった。
5月13日会社の先輩が見舞いに来てくれた。「自宅が目と鼻の先にあるのに、顔を出さん訳にもいかんだろう」との事で、上司への話の種に、病院で返してもらったレントゲンとCTのデータの入ったCDと転倒シーンの動画をUSBメモリにコピーしたのを持ち帰ってもらった。
5月18日、会社の上司が見舞いに来る予定であったが、予定外に前の会社の同僚のサイクリング仲間が来ている所に、4人で来たので、申し訳ないが元同僚には帰ってもらい、ラウンジで事故や怪我の状況等プレゼンし、24日の土曜日には退院できそうである事を報告した。
その後、サイクリングの隊長も見舞いに来てくれた。手土産で持って来てくれたおかきが美味しくてすぐに無くなった。
支部長も来てくれ、コンビニスイーツと聖教新聞から切り抜いた人間革命のスクラップノートを持って来てくれた。一応目を通し、納得はするが感動はあまりない。
深谷の地区部長にアジトに行ってもらい杖と常用のリュックとLED付保護メガネを持って来てもらう。
5月19日、1本杖でのリハビリが始まり、昨日来れなかったからと会社が終わって駆けつけてくれた、小川町の地区部長の小太りおじさんを、一本杖でエレベーターまで見送り、順調に回復してい事をアピール。
5月22日イケメンのリハビリの先生の指示通り、リハビリ室まで一本杖で行き、屋外に出て正面玄関を入って、2階まで階段を上がり少し休んでから下り、リハビリ室まで戻って帰りに売店に寄って帰るが、右足の付け根が痛くてかなり苦痛だった。
次の23日には歩くと痛いので、一本杖は使う気になれず、松葉杖でリハビリ室まで行って、片松葉で病院横の遊歩道を歩行練習し、レントゲンを撮ってもらう。入り口近くの壁に松葉杖を立てかけ、レントゲンの台に乗る時、少し距離があったので、途中にあった丸いハンドルの着いた台に捕まろうとしたら、ハンドルがシーソーの様に下がって支えにならず、右足に体重が乗って骨折部分に激痛が走る。
レントゲンを撮り終えると技師の人たちが妙に親切になり、部屋に戻って車椅子でシャワー室に行き洗っていると、アウンサン・スー・チーに似た看護師さんが来て右足には荷重を掛けてはいけないとの指示になったから、洗い終わったら呼ぶ様に言われ、洗い場の椅子から車椅子に移る時は介助してもらった。病室のベットに戻ると、しばらくしてやって来た当直の医師から骨の接合部分がズレているので、明日の退院は取り止めですと告げられた。
非荷重で様子を見て、それでのリハビリをして、またレントゲンの結果をみて、良ければ非荷重のまま退院になるかもしれないとの意見。
2日置いて5月26日、早々に手術をした主治医の医師が来て、「すみません、やっぱり体重があるので、無理があったみたいで、ズレてしまいました。非荷重であと1~2週間様子を見させて下さい。」と言われ、とりあえず次の金曜日にレントゲンを撮って、退院できるか判断するとの事。
右足に荷重がかからない様に移動は、車椅子、リハビリは松葉杖となり、なるべく痛くない様にしながら、カルシウムを摂り、紫外線を浴びてビタミンDを生成する為に日光浴を、骨に良い生活を心掛けるが、レントゲン撮影を明日に控えた5月29日、シャワーを浴びるとき、備え付けのボディソープが無くなったので、持って来て棚に置いてあった洗顔石鹸を取ろうとして手すりに捕まって立ち上がり、手を伸ばしたら右足の付け根に痛みが走った。
まだ、骨折は固まってはいない様だ。
5月30日非荷重の軽いメニューと松葉杖のリハビリの後レントゲンを撮ってもらう。
病室で待っていると主治医がやってきて、厳密に言うと1ミリぐらいぐらいズレているので、ある程度骨が固まり始めて落ち着くまで安静の必要があるので、あと1~2週間様子を見させて欲しいとの事で、また退院は見送る事になった。
6月2日、前に松葉杖で歩いた遊歩道で日向ぼっこをしている時、こののま行けば外に出れると思ったので、リハビリが終わってトイレで着替え、郵便局で振替をして、近くのスギ薬局まで薬を買いにいく、帰りにイトーヨーカドーの中を探索して約1.5kmを1時間の冒険だった。
6月3日、車椅子でのツーリングで、銀行と床屋に行くつもりで外出を願い出たが、車
椅子で行くのは却下され、松葉杖を抱えてタクシーで行く事となり、事前に連絡して床屋は休みだと分かったので、目的地は、銀行とヤマダ電機になった。
リハビリが終わってから厳しい看護師さんに付き添われてタクシーに乗る、埼玉りそな銀行深谷支店で降りて松葉杖で銀行に入り、ATMコーナーの所にいた案内役の年配の男の人に定期預金の通帳記入をして残高を確認し、それを普通預金に振り替えたいと言うと、通帳記入と繰り越し専用の機械で出来るとの事で記入を始め、2冊繰り越したら3冊目でエラーになり案内役の指示に従って、窓口で記入してもらった。普通預金から毎月1万円ずつ定期預金に振替するのだが、普通預金の残高がマイナスになると自動的に定期預金から引き出して普通預金に戻す為、毎月1行で済むところが、3行、4行になり平成14年12月から12年分で結局5冊繰り越した。
通帳記入が終わったのでATMに行って、さっきの案内役の人に定期預金から普通預金に振替ようとしたが、またエラーになった。やっぱり窓口でやってもらわないとダメで、さほど混んでないのに何だかんだで1時間以上かかったが、これでとりあえず入院費の心配は無くなった。
銀行を出て深谷駅まで松葉杖で移動しタクシーに乗り、病院の近くのヤマダ電機まで行ってWiFiを契約(1円)、テレビ用のケーブル長3.5mのヘッドフォン(\934)も買って部屋に帰り着いたのは5時15分前だった。
6月4日、昨日定休日だった為行けなかった散髪に行こうと思い、外出の許可をもらおうとしたが、あご髭先生から、「連日だからねー、行きつけの所に行きたいなら退院してからにしましょう。」と優しく却下された。
リハビリが終わって部屋に戻り、横になっていると荒川静香のお姉さん風の地区婦人部長が新聞と手土産にジュレ(って何)を持って見舞いにやって来た。
昨日の新聞に掲載されていた拝読御文の「このやまひは仏の御はからひか・そのゆへは浄妙経・涅槃経には病ある人仏になるべきよしとかれて候、病によりて道心はをこり候なり」との記事が、やまひを怪我に置き換えると、今の状況にぴったりですねとの事。
6月5日、オプションの50円増しでB食が選べる病院食で、“昔ながらのラーメン”ってのががあったのでそちらを選んだ。
何の変哲もない醤油ラーメンでチャーシューもジューシーではなかったが、久しぶりに庶民の味が美味しかった。
6月6日、先週と同じく、リハビリが終わってからレントゲン撮影をし、病室で待っていると顎髭先生が来て、「ズレは止まって、骨が付き始めた所見も見えてきたので、絶対に右足を着かないと約束できるなら今週退院してもいいけど、足を着けばまたズレるのは目に見えているし、人口関節にしなければならないので、もう少し固まるまであと1~2週間入院していた方がいいが、自分で決めて下さい。」との事だったので、有給も今のところ28日でまだ少し余裕もあるし、月が変わって仕事の方も心配する必要がなくなったので、あと1週間入院して、事故が無ければ来週土曜日に退院する事にとした。
6月7日、今日の担当はAKBのメンバー(誰という訳ではないが何となく)っぽい看護師さんで、明日は自宅の消防設備点検があるので外出したいと願い出たが、愛想はいまいち。
お昼頃ノッポの先生が来て「今日と明日は主治医の先生がいないから外出の許可は出せません」との事、顎髭先生はズレは止まっていると言ったが、この先生は、ズレが止まってないからまだ退院出来ないと認識している様だった。昨日、入院を一週間延長する代わりに明日外出する許可をもらっておくべきだった。残念!!
昼食後ひと眠りして、車椅子で買い出しに行く。今日は病院は休みなのでロビーは閑散としている。
院内のコンビニで飲み物とおやつを買う、一番愛想の良いレジのお姉さんは今日はお休み。帰りにエレベーターを4階で下りると、AKBの看護師さんが愛想良くおじいさんを歩行器で散歩させていた。
夕食には誕生カードが付いていた。ちょっとした心使いだけど思わず微笑んでしまう。
6月8日、朝早起きしてトイレに行った後、病棟の隅の窓から外を眺め事が多いが、前々からテラスの端に非常階段があるのは気付いてたが、何処
から出るのか分からなかった。病室から出るのかと思って覗いてみたがやっぱ
り出口はない、こうなってくると何の為の階段なのかが謎?
今の病室は、S403だけど隣はS405であることに気付いた。そう思って見てみると、やっぱりS409は無い、だったらSの後の4の立場はどうなんだ・・・
6月9日、リハビリの後、遊歩道で聖教新聞を読みながら日光浴をしてから松葉杖のトレーニングに出た。
前回はバス停まででめまいがして引き返したが、今回は遊歩道に出て南の端の半分くらいまで行けた。往復の距離は430mぐらい。松葉杖は手のひらが痛くなければ、上半身と腹筋の鍛錬にとても有効だと思う。
情報によれば、1日800mgのカルシウムを摂取し、顔と肘から先の腕を15分直射日光に当てる事と、適度な運動が骨の復元に良いらしい。
6月10日、松葉杖でリハビリに行ってそのまま遊歩道の南の端までトレーニング、休み休みではあるが歩行距離は600m、部屋に帰ってシャワーを浴びてから、日が照っているので日光浴に行く。
6月11日、今日の松葉杖トレーニングは遊歩道を往復して約700m、
雨が降ってきたので日光浴はなし。ひと眠りしてから買い出しに行く。
5月分の入院医療費の請求書が来た。3割負担で38万995円、早速キャッシュカードでの支払い手続きをし、部屋に帰ってネットバンキングで見てみると、すでに引き落とされていた。
6月12日、お天気が悪いのでリハビリから帰って来て、シャワーを浴びたら日が照って来たので日光浴に行く、病院から入る所は泥の水溜りがあるので、広い道まで回って遊歩道に入るが、雲がかかり気味であまり直射日光が強くなく、そのうち陰ってしまった。
諦めて病室に戻ったら、また照っていた・・・
6月13日、回診で顎髭先生に早めにレントゲンを撮るように言われ、午前中に行く。
間もなくやって来て、特に問題ないから右足には3分の1しか体重をかけない様にして明日退院しても良いと許可が出た。
リハビリで3分の1荷重で明日退院だと言ったら、聞いてないって事でパソコンで確認して最近そういうのが多くてと苦情を訴えていたが、急きょビー玉運びとタオル引きを取り止め、普通なら1週間は必要と言う3分の1荷重を体感し感覚を1日で覚える。
外来受付に運動器損傷証明書を預かって貰えるか確認しに行ったが、今預かると手術と入院の部分だけになり通院の部分は書き込めないらしいので、完治してからにする事にした。
会計の所に明日は休日だけど自動支払機が使えるのか確認しに行ったら、通常のフロアのは停止しているが、救急外来の所のが夜10時まで稼働しているのでそちらで支払い可能との事。
6月14日朝8時、地区部長より9時頃着くと連絡が入り、急いでパソコンや着替えやリュックその他の荷物を纏めて車椅子に積み込む、まだ朝の巡回が来ないけど地区部長が来たので、とりあえず荷物を車に載せておいてもらう事にして、泥棒と間違われない様にエレベーターまで付き添って行こうとしたら、受け持ち看護師さんが来たので、部屋に戻って最後となる毎朝恒例の検温
と血圧、食事やトイレや症状の聞き取りを受け、退院処方と
請求書を受け取って、入院患者用の名前とバーコードの入ったブレスレットを切ってもらいめでたく退院である。
地区部長が戻って来たので付き添ってもらい、松葉杖をついて病室を出、エレベーターを降りて救急外来の自動支払機で会計を済ませて、駐車場の車に乗り込んだ。
6月15日、杖を使うために手のひらがいたいので、握る所にグリップテープを巻く事にして買いに行った、テニス用品があるだろうと思ってアルペンに行ったら廃業した様だったのでスポーツオーソリティまで足を伸ばし、
ラケット用のウェットグリップテープと自転車のハンドルに巻くテープを買い、松葉杖にはラケット用を、一本杖には自転車用を巻いた。
6月16日、久しぶりに会社に出勤し、有給の処理と高額療養費申請の手続きに入った。
6月19日、退院して初めての通院、病院の所の信号で止まると沢山の女の人が歩いていた。看護師さんの出勤かなと思って見ていると、その中に見覚えのある顔があった。
ぐるっと回って身体障害者用駐車場に入れると、タイミング良くSuperFlyに似たその人が建屋に入るところだったので声をかけて挨拶をし、ロビーに行く。
まだ8時を少し回った所なのにもう沢山の人が並んでいて、8時20分の自動再診察受付機の順番待ちのルールがある事を知った。
整理をしていたお姉さんに、1番最初の人は何時くらいから待っているのか尋ねてみたら7時半に私が来た時にはもう並んでいたから、7時ちょっと過ぎくらいじゃないかと言っていた。
機械での受付を済ませて整形外科の受付に行くと、レントゲンを撮りに行くように指示されてその後待合室でまたされる事約2時間、予約では10時になっていたが10時を過ぎてから5人くらい入りその間、診察状況を表示しているモニターが「予定通り」となっているのが納得できない。
11時少し前に順番が来て、診察室に入る。
容態は順調だそうで、前と今回のレントゲンを比べながら説明を受けるが、骨を止めてあるボルトがスライドする様になっていて、骨の接合部が崩れてもちゃんと圧力がかかる構造になっているのは初耳で、予想外だった。今週から荷重制限を2分の1にするとの事でリハビリに行って荷重を覚える様に指示される。
もう行く事は無いと思っていたが、リハビリ室を覗いてみると、他の患者のリハビリ中だった担当の先生が気付いて来てくれたので、事情を話して予約を入れて欲しいと頼んだら昼一番にやってくれると言うので待つ事にした。
予定より遅くなるので上司に電話し、14時30分までには戻ると連絡。
少し早いが院内のコンビニに行って、焼きそばとおにぎり2個と卵焼きと鳥の空揚げの入ったピクニック弁当とお茶を買い、遊歩道の木陰で昼飯にする。
ロビーに戻って椅子に座ったら、公衆電話をかけていたおばあちゃんが、ぎこちなく歩いて来て隣に座ったので、杖を使えばいいのにと言ったら親しげに話し始め、やがて迎えが来るからと言って、また膝に手を添えて上体を支えながら歩いて行った。
12時45分の10分前になったのリハビリ室に入って待つ。最初に体重を量って2分の1荷重を体で覚える。勘が良いのですぐにOKが出て残ったじかんで、マッサージと筋トレをする。
一度整形外科の受付に戻って外来診察用書類をチェックしてもらい、会計に提出し、計算が終わるのを待って自動支払機で支払いを済ませる。レントゲンを撮って、リハビリも含めて3割負担が1,620円はずいぶん安く感じた。
帰りに入院中で予約をキャンセルした籠原病院へ寄って次回の予約をしてもらう、途中まで10分遅れている方の時計を見ていた為、余裕があると思っていたが、会社へ着いたのは14時30分の5分前だった。
6月21日、昨日の朝、ネットで発注したSサイズの松葉杖(\3,600)とロフストランドクラッチ(\2,880)が届いた。
非荷重では短い松葉杖では厳しいけど、半荷重なので取り回しの楽なSサイズでも十分使えそう、右の写真のロフストランドクラッチは、全荷重になったら使うつもり。
6月27日、前回再診察の受付待ちは7時くらいからだと聞いたので、7時半過ぎに着いたが、もう20人ぐらい待っていた。
レントゲンは1番に撮影してもらい、整形外科の待合室に行くと、金曜日は、顎髭先生の外来担当じゃないので、3つの診察室の順番待ち表示板には3番にノッポの先生の名前しか無く、これじゃあまり意味無いなーと思っていると、名前の無い2番の診察室に呼ばれ、顎髭先生が居た。松葉杖の置き場所を探しているとこちらに貸して下さいと言われ、レントゲンの結果は良好との事で画面を写真に撮らせてもらった。
保険請求用の診断書を書いてもらわねばならないけど、完治はいつごろか尋ねると、骨頭部が壊死しないか確認しなければならないので、だんだん間隔はあけて最終的には2~3か月に1度くらいの通院でよいが2年くらいはかかるとの答えだった。
完治していなくても良いかどうか保険会社に確認してからの方が良いでしょうとの事。
テニスやってるんですかと聞かれ、前はやっていたけど今はやってないと答えたが、なぜか尋ねたら、松葉杖の取っ手にグリップテープが巻いてあるから、自分もテニスやってたんでとの事だった。滑り止めにヨネックスのやつを巻いてあると自慢したやった。
まだ9時半にもなってなかったので、かもめ(院内のコンビニ)でピクニック弁当と野菜ジュースを買ってから出勤、10時20分頃会社に着いた。
7月4日、7時40分に病院に着いて、前回同様、レントゲン撮影の後診察、問題無く順調に回復している様なので、予定通り全荷重が許可され、松葉杖は必要なくなった。
とはいえ、痛い様なら無理はしなように様にとの事なので、まだ杖無で歩くはちょっと無理っぽい。しばらくはロフストランドクラッチに活躍してもらう事になりそう。
また昼食にピクニック弁当を買って出社したが、前回より少し早く、10時ちょっと過ぎには会社に到着。
夕方には早退して、予約してあった籠原病院の心療内科に行った。
金曜日だけ派遣されて来ている30代後半と思われる真面目そうな先生に、骨折で入院していた事を説明したが、専門じゃないので分かりやすい様に、股関節の骨折と言ったら、そのままカルテに書こうとしていたので、大腿骨頸部骨折って言ってましたと言うと、「あぁ、あの年寄の女の人がよくなるやつですね。」と理解した様子で、医者ってのは知識はあるけど、応用が利かないのかなって、ちょっと思った。
7月11日、全荷重になったので、ロフストランドクラッチ2本使いで通院、530円で落札した中国製のも十分に役に立っている。
今までは2番の診察室だったが、今回は3番の奥の準備室での診察で、光の反射が少なそうなので、試しにレントゲンを写真で撮らせてもらった。
骨は予定通り固まってきている様子で特に問題はなさそうなので次回の診察は2週間後になった。
右足にジワーッと体重をかけていけば全体重をかけても痛くないけど、体重を抜く時に痛いのは関節が痛いんでしょうか?と問うと、たぶんそうでしょうとの事であった。
傍に設置されたプリンターで予約票を印刷してファイルケース納めてこのまま会計に行っても大丈夫ですよと手渡してくれ、それを首から下げた袋に付けてある洗濯挟みではさむと「それいいですね」と褒めてくれたので「便利グッズですよ」と答えた。
そのまま会計へというのも失礼なので、一応整形外科の受付で確認してもらって計算カウンターに持って行き会計を済まして“かもめ”で昼飯を買う。
ピクニック弁当は量が多いので、好物の鳥五目おにぎりと焼きそばパンに野菜ジュースとした。
今回は会社に着いたのは、10時くらいだった。
7月25日、今週初めからバイク通勤にしたので、病院にもバイクで行った。
レントゲンの結果も良好で、まだ杖を持っているのが気に入らない様子だったが、会社から帰って3日がかりで作った蕎麦クッキーを出して、「お世話になりましたって事で、みんなで食べて下さい。」と言って顎鬚先生に渡したら、「病棟のみんなと頂きます。」と、うれしそうだった。
7月27日、現在通勤で使っている、中国製のオフロードっぽいバイクは、乗り降りの際にで右足を上げるのが苦痛なので、乗り降りが楽でお洒落なリトルカブをヤフオクで81,000円で落札し茨城の水戸まで引き取りにいった。
行きは高速道路で2時間程だったが、帰りは途中で集中豪雨に見舞われ非難を余儀なくされ、4時間半くらいかかった。
8月1日、モンキーと同じカブのエンジンはチューンナップパーツが多く、ボアアップともに4バルブも試してみたくなって、45,200円でamazonで買った4バルブヘッドが届いた。
8月5日、ヤフオクで、4,900で落札した、ボアアップキットが届いた。
8月6日、久しぶりに2階の自宅までの階段を杖を使わずに、普通に上がる事が出来た。
おわり
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